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東京地方裁判所 昭和42年(ホ)4021号 決定 1968年1月25日

被審人

キューピー株式会社

右代表者

藤田近男

主文

被審人を過料二〇〇万円に処する。

手続費用は被審人の負担とする。

理由

一次の事実は本件各記録上明らかである。

キュピー労働組合(以下「組合」という。)は、昭和三七年七月六日に結成されたが、被審人(以下「会社」という。)は、同月一四日、当時会社の従業員で組合の書記長であつた斎藤文清を解雇し、次いで同年一〇月八日、いずれも従業員であつた組合執行委員長影山政光および同副執行委員長染谷誠一を解雇した。(以下これらの解雇を「第一の解雇」という。)

中央労働委員会は、昭和四一年一一月二六日、中労委(不再)第一二号事件および同第一三号事件について、会社に対し、右第一の解雇はいずれも不当労働行為であるとして、次の事項を含む救済命令をなし、同年一二月二二日、会社に対しその命令書を交付した。

「会社は、組合員影山政光、同染谷誠一、同斎藤文清に対し、次の措置を含め、同人らが解雇された日以降解雇されなかつたと同様の状態を回復させなければならない。

(1)  原職または原職相当職に復帰せしめること。

(2)  解雇から復帰に至るまでの間に同人らが受けるはずであつた諸給与相当額を同人らに支払うこと。」

会社は、右命令を受けた後である昭和四二年一月七日付をもつて、影山政光、染谷誠一、斎藤文清(以下「影山ら」という。)に対し、第一の解雇を取消し、自宅待機を命じ、解雇から同日までの諸給与相当額として会社において計算した金額(影山一七五万四五三一円、染谷一一四万九三四三円、斎藤文清一六七万九八八六円、いずれも所得税差引済金額)を同月一〇日以降支払う旨を通知した。

会社は、同月九日、影山らを再解雇(以下「第二の解雇」という。)し、同日以降は同人らを原職または原職相当職に復帰させず、また、同日以降の諸給与相当額の支払をしない。

会社は、影山らに関する救済命令についてはその取消の訴を提起しなかつたので、右救済命令は、同月二一日の満了をもつて確定した。(なお、中央労働委員会がなした救済命令には、右影山らに関する部分以外の部分も含まれていたが、この部分については、会社はその取消の訴を提起し、その訴訟は当裁判所に係属中である。以下影山らに関する確定した救済命令を「本件救済命令」という。)

二右事実に基づけば、会社は、諸給与相当額遡及支払命令部分はしばらくおくとして、少くとも原職復帰命令部分については、本件救済命令を履行していないものというほかはなく、右救済命令が確定しているものである以上、会社は、労働組合法三二条所定の過料の制裁を受けるべき地位にあるものといわなければならない。

会社は、第一の解雇取消、自宅待機命令をもつて、本件救済命令のうち原職復帰命令部分は履行されたものであると主張する。しかしながら、中央労働委員会が、会社に対し、影山らの諸給与相当額支払命令に止まらず、さらに、原職復帰命令をもなしたゆえんは、同人らの経済的不安を除去することが目的ではなく、同人らを現実に原職または原職相当職に復帰させて就労させることが、労働者の団結権の擁護となり、その侵害行為に対する救済となると判断したからにほかならない、と考えられる。したがつて、会社が現実に影山らを就労させていない以上、原職復帰命令の履行はないものというべきであるから、この点についての会社主張は採用することができない。

三ところで、労働委員会が発する救済命令は、国の労働行政上の目的のために、使用者に対して具体的な行為を命ずるものであつて、拘束力および公定力を有する行政処分であるが、その実効性は、救済命令の履行義務違反者に対して制裁を加えることによつて右義務の履行確保を目的とした、労働組合法三二条所定の、秩序罰たる過料の制裁によつて、担保されている。もとより、右過料は刑事罰とは異なるものであるから、これについて刑法総則の適用がないことはいうまでもない。しかしながら、秩序罰といえどもその実質において刑事罰と同様の効果をももたらすことは否定しえないから、これを課するに当たつては、刑法総則の規定が準用されて然るべきである。

したがつて、形式的に救済命令不履行の事実があつたとしても、(イ)その不履行の程度、態様が極めて軽微であるとか、(ロ)使用者が救済命令を履行することにより企業の存続が不可能となるような切迫した事情があり、かつ、右事情を認めるについては、通常人において疑の余地がないほどに明白かつ合理的な資料があり、このことの故に使用者に対し救済命令の履行を期待する可能性が存在しないような場合においては、救済命令違反の違法性ないし責任性は阻却されて、その使用者は過料の制裁を免れるものと解すべきである。

四そこで、会社の救済命令不履行について、処罰を免れるべき事情の存在の有無について判断する。

<証拠>を綜合すれば、次の事実が認められる。

会社が影山らにつき昭和四二年一月九日第二の解雇をなしたことは前記のとおりであるが、その理由は、影山らは次に述べるラッピングマシンヒーター切断事件における共同謀議およびその実行行為について責任がある、ということである。

会社仙川工場には、昭和三七年当時、マヨネーズを充填したチューブをセロファンで包み、ヒーターによつてセロファンを接着させ、もつて毎分一八〇本のチューブを包装することのできるラッピングマシンという機械があつた。右ラッピングマシンは、ヒーターの電源を切断すると温度が低下し、セロファンを接着させる機能を失うものであつた。

同年七月一七日、一八日、二〇日、いずれも昼休み時間中に、何者かの手によつて右ヒーターの電源が切断され、午後の作業開始時刻後再び電源を入れて温度上昇を待つ約三〇分間、ラッピングマシンの運転は停止を余儀なくされた事件が発生した。さらに翌二一日にも同様の事件が発生したが、会社職制は、当時組合の職場委員であつた女子従業員荻野芳子が右電源を切断したところを発見した。会社仙川工場長加藤康之は、同人を詰問したが、同人は当日の切断行為を自認したけれども前三回については知らないと答えるのみであつた。そこで会社は同人を諭旨解雇し、前三回の行為者等についてさらに真相の把握を試みたが、会社にはそれ以上の事実は判明しなかつた。(以下、右一連の電源切断事件を「ラッピングマシン事件」という。)

会社は、昭和四一年一二月二二日午前一〇時ごろ中央労働委員会から本件救済命令書の交付を受け、同日午前中に、本社、工場、倉庫毎に従業員を集め、右命令の内容を発表しこれについて説明したところ、ラッピングマシン事件当時組合の連絡員であつたが、のち昭和三八年六月に右組合を脱退し、右説明を受けた当時は資材係係長であつた片倉繁次郎は、右説明によれば右救済命令はラッピングマシン事件について言及していないけれども、この際今まで黙つていたことを全部打明けて自分の心の負担になつているものを軽くしたい、ということと、会社に事実を知らせることによつて多少とも会社の利益になることもあろうと考えたこと等の理由から、会社に対し、要旨次の事実を告知した。

「組合書記長斎藤文清が解雇された昭和三七年七月一四日の夕刻、調布公民館において臨時組合大会が開催されたが、開会に先立ち組合三役、執行委員、職場委員、連絡委員ら約三〇名が集まつて会合が持たれた。席上、影山委員長が、右書記長解雇の報告と共に『どうしたら組合を強くし、会社を困らせることができるか。会社に判らないように作業を妨害することができるか。』を話題としてとりあげた。これに対し女子の方から『機械のねじをゆるめておいたらどうか。』とか『機械にカップを咬ませればよい。』とか『ラッピングのスイッチを切つたらよい。』等の方法が示され、反対意見は一人ぐらいで問題にされず『それくらいのことはたいしたことはない。他の会社ではもつとひどいことをしている。』との荻野芳子の発言もあつて、その場では誰がそれを実行するかは決めなかつたけれども、誰かが機会をみつけて実行するということに暗黙の了解ができた。影山委員長は、この件は大会には持出さないことにし、この場に集まつた人だけの秘密にするよう厳重に念を押した。」

片倉は、さらに、会社に対し右会合に参加した者の氏名を告げた。

会社は、そのうち、いずれものちに組合を脱退した者七名について調査をなし、事件当時執行委員であつた石井克夫、同じく職場委員であつた伊藤善逸からもほぼ同趣旨の供述を得た。同人らは右供述内容を陳述書として会社に提出した。

会社は、昭和四一年一二月二八日、管理職の会議において、前記片倉らの供述に基づき、ラッピングマシン事件のうち前三回は氏名不詳の組合員、第四回目は荻野芳子が行なつたものであるところ、影山ら組合三役は、これらの実行行為者と共謀し、または、これらの者を教唆もしくは煽動して、ラッピングマシン事件を惹起したものである、と認定して、影山らを解雇することに決定した。

以上の事実が認められる。

五ところで、一般に、争議行為としていわゆる電源ストが適法行為であるか否かについては議論の存するところであるけれども、争議行為としてではなく、ことさらに企業の破壊のみを企図して工場における電源を切断する行為があるとすれば、その行為はもとより違法行為であるというべきである。したがつて、本件において、影山らが第一の解雇当時の職場に復帰すればそのような行動をなすであろう、ということについて、通常人において疑の余地がないほどに明白かつ合理的な資料が存在するならば、会社に対し、同人らを企業内に留めて企業活動に従事させることを期待することは不可能である、ということができるから、このような事実があるとすれば、会社が本件救済命令を履行しなかつたとしても、右不履行は処罰に価しないこととなる。もつとも、このことは、もしも、影山らがラッピング事件を共謀し、または、教唆もしくは煽動していたとすれば、会社が同人らを解雇したことは期待可能性のない行為である、ということを意味するものではない。

そこで、右認定事実のもとにおいて、会社に処罰を免れるための事情が存在するか否かについて判断する。

本件救済命令は、原職復帰命令であるから、これを履行していない以上、その不履行の程度、態様が極めて軽微である、ということはできない。

また、影山らが前示のような反企業的行動をなすであろうということについては、右の事実関係のもとでは到底これを認めることができないし、かりに会社主張のようにラッピング事件が影山らの共謀または教唆もしくは煽動によるものであつたとしても、このことから直ちに影山らが再び同種の行為をなすということはできない。さらに、記録を精査してみてもこれを認めるに足る明白かつ合理的な資料は何ら存在しない。

六なお、付言すれば、会社としては、ラッピングマシン事件が影山らの共謀等によるものであるという事実を片倉の通知によつてはじめて知つたものであるとするならば、当時、影山らの弁解はもとより、いわゆる謀議に参加したと通知された者のうち、組合員についてもこれを調査する等の措置をとるべきであつたといわなければならない。かりに調布公民館において会合があつたことが事実であつたとしても、当日の組合大会は組合書記長斎藤文清の解雇に対し、いわゆるスト権を確立してこれに対処するための大会であつたことが窺われるから、組合活動家が大会に先立ち、争議行為の態様について議論をなしたとしても何ら異とするには足りないし、その中で過激な方法が提案されたとしてもそのことが直ちに組合ないし組合三役の意思であるということはできない。また、会社が当日の模様を調査した対象者はいずれも組合を脱退したものであるから、右調査対象者らが組合ないし組合役員に悪感情を抱くか或いは会社に対し反組合的な言辞を述べて迎合的な態度をとることにより、発言者および発言内容を不正確に告知する等のことがありえないとは断じ難いというべきである。したがつて、影山らが前記のような反企業的行動をなすべき人物であるか否かについて、会社において真にこれを判断しようとするならば、充分に右に述べた広い調査等の措置をとつた上でなければ、その実態の認識を誤ることがあるといわなければならない。それにもかかわらず、会社においてそのような措置をとらなかつたことは、影山らを企業から排除するに急なあまり恣意的ないし軽率に判断したものとみられてもやむを得ないというほかはなく、さらに会社が昭和四一年一二月二八日に再解雇を決定しながら昭和四二年一月七日に第一の解雇を取消して自宅待機を命じたうえ同月九日に第二の解雇をなした、いわば技巧的な態度を併せ考えると、会社主張のように第一の解雇取消、自宅待機命令を原職復帰命令の履行と解しても、それは第二の解雇をなすための形式的な履行であり救済命令を免れるためにその履行を装つた脱法行為として無効なものというべきであるから、結局会社は本件救済命令を履行していないことに帰着する。

七以上により、会社は、本件救済命令が確定した昭和四二年一月二二日以降右命令不履行の責を免れないものといわなければならない。

なお、会社が同年一月七日影山らに対し同日までの諸給与相当額として支払べきことを通知した金額は、本件各記録中の資料に照らして、少くとも時間外手当相当額を含まない点は相当でなく、この点においても右命令の不履行があると認められる。

八会社のこれらの行為は労働組合法三二条後段および同条前段に該当するので、不履行の期間その他の情状を考慮のうえ、同条所定の範囲内において、会社を過料二〇〇万円に処するのを相当と認め、手続費用の負担について非訟事件手続法二〇七条四項を適用して、主文のとおり決定する。(西山要 今村三郎 山口忍)

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